~語彙力薄弱~

やんわり作品レビューなど

短編エッセイ企画 翔んで川口

 

 川口に関所あるんでしょ?(笑)

 

 あの映画が公開されてから数ヵ月間は、出身地を伝えると大体そんなふうに言われた。だから私もこう返すわけだ。川口に関所はありません。あるのは混沌だけです、と。

 

 混沌の地、川口市。その名を聞けば一定の年齢層は眉を潜めるあの川口。お願い住んで川口市とかいう情けないキャッチコピーで売り出す中核都市。
 関東でのうのうと暮らしているだけでも、その存在を感じることが度々ある。最近ではとある成年向けゲーム※だった。「礼ちゃんって埼玉出身だったよね?」「あぁ、でもわたしが住んでたところは割と都会だったんだぞ……多分」このテキストを読み飛ばしてから時間にして数フレーム後、ダイアログをもう一度確認しわざわざボイスを再生、そして確信した。(設定上)彼女と私が同郷であることを。
 思えばその確信に至るまでは色々あった。東京へのアクセスの利便性だけは一同が誇りに思うその姿勢、奇妙にも大判焼きを「太郎焼き」と呼ぶその特性。これはまさに、わたしの地元「川口」のことで間違いなかろう。
 まさかこんなところで我が郷の存在を感じることになるとは思わなんだ。友達がテレビに写ったみたいなあの感覚。暗転したPC画面には微妙な顔をした私が写っていた。

 

 ともかく混沌とか奇妙な街とかわざわざけなしてみせてはみたが、私はとくに川口が嫌いなわけではない。しかも実際のところ、川口市民としての歴だってそこまで長いわけでもない。
 いうならば私は旧鳩ヶ谷市民。どこだよそれという方には親切丁寧にご紹介したいところではあるが、紹介できるものの持ち合わせが少なすぎるのが憐れにみえる。
 たとえば日光御成街道の宿地だったという栄光をかれこれ400年引きずって生きてきた商店街は、衰退を続ける一方だ。シャッター街になりかけたその一角には怪文書が貼り付けられた謎屋敷がそびえ立ち、一層そのわびさびを際立たせている。
 たいした名物すら持ち合わせていなかった我が地元は、地元工場直送ソースでうどんと野菜を炒めたソース焼きうどんなるB級グルメをプッシュし始めた。あの安倍晋三も「あれ好きなんです」とかコメントしてたが、どう転んだって焼きうどん以上でも以下でもない代物なので、群馬の前橋や秋田の横手に謎の対抗心を燃やす必要はないだろうと私は思う。

 

 そんなんだから、この街は正直なところ、あのままではギリギリだったのだ。市民の総意とはいかなかったようだが、取り込まれることが妥当だったという感じはある。
 吸収合併から逃れるべくと画策された(※諸説あり)謎の改名兼独立運動もいつの間にか消滅し、川口帝国の植民地としていつの間にかその支配下に置かれていた旧鳩ヶ谷市地区は、一応の安泰と安寧の日々を手に入れたのであった。アレクサンドロスの征服記か何か?
 実際、私のところは合併とかそこらへんのことに無頓着な人間が多い(※認識にはたいへん個人差があります)し、子ども医療費の無償化とか福祉サポートも施行されたんだから、まぁ言うことはそんなになかろうや。
 しかし私的には、その恩恵を受けたのは中3のときリレンザ3000円がタダになった瞬間ぐらいのものだが「ありがとう川口」などと感じる余裕などなかった。こっちは高校受験期にインフルかかって熱40°出してたんやぞ。

 

 さて、そんな川口市に今やもうその恩恵を感じることがいよいよ無くなってきた。毎夜バイクが走り回る様はまるで無法地帯だし、猿が出るとかTwitterで流れてくる。
 しかしそれを差し引いてもこのホスピタリティは住んだ者にしか解るまい。この安定感と志の低さ、私的には総合86点。多分探せばもっといい場所なんていっぱいあるが、ほどほどを求める者にはちょうどよい。
 GACKT川口市を指揮してくれれば、足立区ぐらいならいい勝負になるかもしれない。

 

 年金の免除申請に行った時だ。なにかのイベントでそこらへんを出歩くゆるきゃら「きゅぽらん」が私に手を振ってきた。俺はお前を養う金を免除するためにここに来てるんだぞ。それなのになんで……お前って奴は。ゆるキャラがみんなのサンドバッグにされていたって、う○このゆるキャラとか言われてたって、そこには愛がある。多分。ちなみに私はぬいぐるみを買ってやった。愛だよ愛。

 

 さぁここまで本文中に何回「川口」が出てきたでしょうか。「キューポラ数えて君と僕」って言うぐらいだし、数えるのが得意な方はいらっしゃるはずです。

 

 私はコンビニ店員の顔も持つ。「お兄さん、ここらへんの人じゃないでしょ。あたし解るのよ」おおマダム、あんた意外と目ざといな。「そうなんですよ、大学の帰りにお仕事させて貰ってます」さぁ当ててみせろ私の出身地を。マダムは言った。「あたし解るわ、沖縄でしょ」って。やっぱダメだアンタは。出直してこい俺は川口市民だ。「どこ?有名人ぐらいいるでしょ」って?マジかおまえ、ええと…………しらび先生と一緒だぞ。